建築に触れるということ-建築を考える。No.02-
建築を見ているとき、自分は何を考えているのだろう。
ふと、そんなことが気になりました。
普段からさまざまな建築に触れていますが、そのとき何を見て、何を感じ、どのように受け取っているのか。
自分のことながら、改めて振り返ってみることにしました。
空間を読み解く
建築を前にすると、まずはその空間がどのように成り立っているのかを知りたくなります。
最初に目が向くのは、おおよそ自分の目線の高さです。そこから天井と壁のつながり、壁と床の取り合い、そして足元へと視線が移っていきます。
ただ、最初から細部を確かめたいわけではありません。
まずは空間全体を感じ取り、そこにある秩序を読み解こうとしているのだと思います。
何が中心にあり、何がそれを支えているのか。どこで線がつながり、どこで途切れているのか。
整然とした空間には、その整い方があります。不規則に見える空間にも、そこに至る考え方があるのかもしれません。
無意識という意識。ランダム性という秩序。
少し矛盾した言い方ですが、形あるものには、何かしらの意味があると考えています。
そして、その空間の成り立ちが少しずつ見えてくると、今度は細かな部分が気になり始めます。
小さな選択の積み重ね
壁と天井がどのようにつながっているのか。床と壁が接するところで、素材はどのように納められているのか。
普段はあまり意識されないような部分にも、設計者の小さな選択が積み重なっています。
どちらの面を優先するのか。どこで線を切り替え、どこまで連続させるのか。
そうした判断によって、空間の見え方は少しずつ変わっていきます。
天井と壁をどうつなぐか。素材をどこで切り替えるか。見切りを設けるのか、それとも境界を目立たなくするのか。
細部だけを取り出して眺めても、その意味は十分にわからないことがあります。
同じ納まりであっても、空間の構成によって受け取る印象は変わります。
私にとってディテールは、それ自体が美しくあること以上に、空間全体の秩序や質を支えるものであってほしいと思っています。
もちろん、すべてが自由に決められるわけではありません。
施工の方法や費用、構造上の条件など、建築にはさまざまな制約があります。
ただ、それらもまた、建築の形を決める要素です。
限られた条件のなかで、何を優先し、どこに手をかけ、何を選ばなかったのか。
その判断の積み重ねに、設計者の考え方が表れるのだと思います。
好き嫌いの、その先に
建築を見て、好きだと感じることもあれば、自分の感覚とは少し違うと感じることもあります。
それは自然なことだと思います。
ただ、設計者として建築に向き合うとき、その感覚だけで終わらせるのは、どこかもったいない気がしています。
自分なら選ばない構成であっても、その空間のなかでは自然に成立していることがあります。
反対に、見慣れた形であっても、どうしてそのように構成されたのか、考え込んでしまうこともあります。
自分の好みをいったん脇に置いて、その建築が持つ世界に身を置いてみる。
そこから何を感じるのか。
まずは自分の感覚で受け取り、機会があれば設計者の意図に触れ、もう一度考えてみる。
自分が感じたことと、設計者が考えていたことが重なる場合もあれば、思いがけない違いに気づくこともあるでしょう。
その違いも含めて咀嚼していくことが、建築に触れる面白さの一つなのだと思います。
建築は、完成してからも変わっていく
ここまで振り返ってみると、私は建築の成り立ちや、そこに至る設計者の判断に強く関心を持っているようです。
けれど、建築の魅力は、設計者が考えたことだけで決まるものでもないと思っています。
建築は、完成した瞬間から使われ始めます。
そこには、設計時に想像していた過ごし方もあれば、思いもしなかった使われ方も生まれます。
人が集まると思っていた場所が、静かに一人で過ごす場所になったり。通り抜けるためにつくった場所が、誰かの居場所になったり。
設計者の意図を離れ、建築が新しい風景を見せてくれることがあります。
そこに、ある種の魅力を感じます。
建築は、設計者だけで完成させられるものではありません。
施工に携わる人がいて、その場所を使う人がいて、日々の手入れをする人がいる。
そうした人たちが建築に関わり、それぞれの時間を重ねていきます。
その建築を使う人が満足そうに過ごしていたり、建物を大切に扱っている様子に触れたりすると、空間の形だけでは測れない価値があるのだと感じます。
設計者や施工者、そして使う人たちが、その建築を通して良い関係を築いている。
そんな姿に出会えたとき、良い建築だなと思うのかもしれません。
また、建築に触れる
こうして自分の考えを振り返ってみると、建築を見ることと、建築を評価することは、少し違うのだと感じます。
形や空間を読み解くこと。
その背景にある判断を想像すること。
そして、建築が人とどのような関係を築いているのかを感じ取ること。
どれか一つが正解というわけでもなく、建築に触れるたびに、気づくことは少しずつ変わっていきます。
自分自身の設計についても、同じことが言えるのかもしれません。
そのときの条件のなかで考え、選び、形にしたものを、時間が経ってから改めて見つめ直す。
今なら違う選択をすることもあるでしょうし、当時は気づかなかった価値を見つけることもあると思います。
設計者としての考え方も、完成するものではなく、日々の仕事や経験のなかで少しずつ変わっていくものなのでしょう。
そんなことを考えながら、また別の建築に触れてみたくなりました。

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